駄文

エウレカ ハイエボリューションとは何だったのか

2022.7.21

ついにアマプラでレンタルしてEUREKAを観終わりました。私自身としてはエウレカAOすらも楽しめた人間なので、ハイエボは実によくまとまった話なんじゃないかなと思ってます。

if世界をTV版再編集で上手く作った1、TV版と新規作画を上手くミックスさせてエウレカの「夢」をアネモネ視点で描ききったANEMONE、そしてエウレカの夢の終わり・リピート世界の終わり、そして始まりを描いたEUREKA。毎回主軸になるキャラクター以外を詳細に描写しなかったからこそ出来た3部作何じゃないかと思います。

EUREKAの最後のシーン・セリフを考えてTV版の存在をどの位置に定義するかで感想は変わってくると思うんですが、TV版がいわゆる完璧なハッピーエンドとして捉えるならEUREKAでエウレカの物語が「繰り返さないエンド」になるのでハイエボ3作→TV版の流れになるな、と。

TV版すらifの話だとすると、レントンは死んでいないのでTV版の立ち位置が分からなくなりますね。もっと考えちゃうとポケ虹の存在も余計にわからなくなってしまうことに。なのでハイエボ3作→TV版~。 ハイエボの最後で「どこまでもいっしょ」ということを考えるなら様々な世界のハッピーエンドを巡る二人の旅、という捉え方も出来ます。「少女の終わり少女の始まり。」これはまさにエウレカ自身の物語が「終わって・始まる」ことなんじゃないかなと。

そもそもハイエボ1でレントン死んだっけ?みたいな話になるんですが、ここも考えてみればハイエボ3部作自体レントンが死ななかった場合の物語なので良いんです。

そもそもスカブコーラルは何だったのか。なぜ有害・無害と分かれたのか。というところはエウレカは絶望、しかし新しいエウレカは愛されて育ってきたからで決着できそう。そもそもEUREKAでエウレカが夢のリピートを終えるので、新世界のエウレカを物語に配置する必要があったのかな、と。

エウレカという存在はFF10でいう祈り子みたいなもので、エウレカの見た夢が終わるから、エウレカの役割を果たすべく新しいエウレカが誕生したんだ。という解釈でハイエボの感想とさせていただこうと思います。レントンの左手が全部美味しいところを持っていきました。

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